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本当のやさしさ

留年を日本では、どう考えるだろうか
義務教育では、まずない
ところてん式だ

日本でいう義務教育は、六年間、三年間
学びの時間を保証することだ

しかし、
国家が国民にこれだけの学びの到達を保証する
とコミットしている国がある

だから留年を恥じとは、とらえない
親も子も周りも
留年を学びの到達のための当然の
権利ととらえるのだ

どちらが、子供にとって、やさしいか


林竹二は、子供に質問をして、答えがでるまで
一緒に探り続ける、立たせ続ける

一見残酷に見えるその行為を
子供は、最後まで自分を見放さなかった
やさしい対応ととらえる
普段教室でお客様のように授業について行けない
子供がだ
もの言わぬ観客でいることを良しとしていない証拠だ
子供は、解りたいのだ、学びたいのだ
それを諦めさせ続けてきた
これでは、自己肯定感が聞いてあきれる

自己肯定感を担保したいのなら
学びの時間の保証から
学びの到達への保証に移行する必要がある
学びの到達へのチャンスが留年なのだ
しかし、いくら学びの到達を保証するからといって
限度はあるが


教師を育てるシステムがすごい
現場で徹底的にためされるのだ
日々サポーターとして子供と向き合う

その土台があってこそ

学び方を教えるのだから、
格差がうまれようはずもない
と言いきれるのだ

学校で担任が当たりだハズレだと良く耳にした
現実に当たりハズレが歴然とある

何故か、
情報処理能力では、多様な子供への対応に
無理があるのだ

子供へのやさしさが問われる

フィンランドでの驚きだ
牛乳のおいしさと思考の木との出会いと共に