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実るほど首を垂れる稲穂かな (寂しい老人へ)

隣に老夫婦が住んでいる
まだお元気なころは、まるで自分たちはここにいると言わんばかりに、木を切れ、蔦を切れと、
3日にあげずの苦情
我が家が寂しさをまぎらわせるターゲットになってしまた



蔦を切っているときフワッと体が楽になった
6ヶ月の繋留流産だった
私の体から、もうひとつの心臓の音が、消えた



隣との間に桃の木があった、2階の窓一面、濃い桃色に染まっていた
お腹に死んだ子を抱えなから窓を閉めようとしたとき
意気揚々と植木屋をしたがえた老人に、桃の木が
広がり過ぎている、としかられた
主人にいっておきますと言うのが精一杯だった

窓を閉めると、ガスのセールスマンが老人に
見事な桃ですね と、話しかけていた
桃の面倒も、見られないだらしない家だからと
いっているのが聞こえた

私には、
だらしないから、この子の心臓が止まったんだと聞こえた

一年待って、花のさかりに、桃の木を切った
ギプスに足をひきずった奥さんが何故斬るのかとわざわざ降りてきた

老人は、近所に、きらなくてもと、いってまわった

我が家以外には、腰の低い正しい住民なのだ

小学校でのいじめを思い出した

おかしい家といいふらされたおかげで
近所では変な家で、とおっている
あまりにも、辛い出来事で
戦意もうせた
それよりも、正しい隣の老夫婦と関わらないことを選んだ
いまだに、桃の花の咲くころは、胸がざらつく

幸い、三十八才で親になれた

私にとって
この土地は、住みにくい、
しかし、わが子にとっては、一生の友達をもてた故郷なのだ

老夫婦の死に行く一秒も、確実に刻まれていく


私が、もし、老人になれたら、清濁あわせのむ
寂しさを楽しめる老人になりたい


未来の人の邪魔をせぬよう


何者かでいる必要は、ない
自我さえ手放して、長閑に死への一秒を辿るのだ

この思いに至れたのも、老夫婦のおかげだ

私は、実るほど首を垂れる稲穂のようになりたい